アジャイル・イノベーション・ブースト

アジャイル開発でプロダクトイノベーションを持続させる継続的リファクタリングの実践

Tags: アジャイル開発, リファクタリング, コード品質, 技術的負債, 開発プラクティス

Webアプリケーション開発に携わるエンジニアの皆様の中には、ウォーターフォール開発からアジャイル開発への移行を検討されている方もいらっしゃるかと存じます。アジャイルの持つ「変化への対応力」や「継続的な価値提供」といった魅力に惹かれる一方で、「開発の進め方が大きく変わるのではないか」「これまでやってきたことが通用しなくなるのではないか」といった不安もお持ちかもしれません。特に、コードの品質維持やメンテナンスについて、アジャイルではどのように考え、どのように実践していくのか、具体的なイメージが湧きにくいという声も耳にします。

ウォーターフォール開発では、設計段階で仕様を固定し、開発終盤にまとめてコードの整理や最適化(リファクタリング)を検討することがありました。しかし、変化が常であるアジャイル開発において、このアプローチは現実的ではありません。プロダクトを継続的に進化させ、常に新しい価値を提供し続けるためには、コードベース自体も柔軟性を保ち続ける必要があります。

本記事では、「アジャイル・イノベーション・ブースト」のコンセプトに基づき、アジャイル開発における継続的なリファクタリングの重要性と、それをチームで実践するための具体的なアプローチについて解説いたします。アジャイル開発を通じてプロダクトイノベーションを加速させたいと考えるエンジニアの皆様にとって、明日からの開発に役立つ実践的なヒントを提供できれば幸いです。

なぜアジャイル開発では継続的なリファクタリングが重要なのか

アジャイル開発の根底には、「動くソフトウェアを最優先する」という原則があります。この原則に基づき、短いサイクルで機能開発とリリースを繰り返すことで、プロダクトは変化に対応し、顧客からのフィードバックを素早く取り入れながら進化していきます。

しかし、変化の速さに開発が追いつくだけでは不十分です。新しい機能を追加したり、既存の機能を変更したりする際に、コードベースが複雑で理解しにくかったり、少しの変更が予期せぬ箇所に影響を及ぼしたりする場合、開発速度は次第に低下していきます。これが、いわゆる「技術的負債」です。技術的負債が蓄積すると、やがては新機能開発やイノベーションの足かせとなり、プロダクトの成長を妨げる要因となってしまいます。

アジャイル開発における継続的なリファクタリングは、この技術的負債を予防し、プロダクトの健全性を保つための重要なプラクティスです。機能を壊すことなくコードの内部構造を改善し続けることで、コードベースは常に理解しやすく、変更しやすい状態に保たれます。これにより、開発チームは変化に迅速かつ安全に対応できるようになり、結果としてプロダクトの価値提供サイクルが加速し、イノベーションを持続させることが可能になるのです。

アジャイルにおけるリファクタリングの実践:いつ、どのように行うか

ウォーターフォールのように「まとめて行う」のではなく、アジャイルではリファクタリングを開発プロセスの一部として日常的に行います。具体的なタイミングとアプローチにはいくつかのパターンがあります。

1. 機能開発・バグ修正と同時に行う

これがアジャイルにおけるリファクタリングの最も基本的な形です。有名な「ボーイスカウトルール」(来た時よりもきれいにしていけ)のように、コードに触れる機会があれば、たとえそれが小さな修正であっても、その周辺のコードを少しだけきれいにする意識を持つことが重要です。

このような小さな改善を積み重ねることで、コードベース全体の品質が少しずつ向上していきます。

2. 新しい知識が得られたら行う

開発を進める中で、より良い設計パターンや、より効率的なアルゴリズムについて学ぶことがあります。また、プロダクトやビジネスドメインに対する理解が深まるにつれて、当初の設計よりも適した構造が見つかることもあります。このような新しい知識や理解が得られた際に、既存のコードを新しい知見に基づいて改善するのも重要なリファクタリングのタイミングです。

3. テスト駆動開発(TDD)のサイクルの中で行う

テスト駆動開発(TDD)では、「赤(失敗するテストを書く)→緑(テストが成功するように最小限のコードを書く)→リファクタリング(コードを改善する)」というサイクルを繰り返します。このサイクルにリファクタリングが明確に組み込まれていることは、アジャイルな品質向上と設計改善の思想をよく表しています。テストによってコードの振る舞いが保証されているため、安心してコードの内部構造を改善することができます。

4. 計画的に行う場合

特定のモジュールが著しく複雑になっていたり、将来的な大きな機能追加のために現行のアーキテクチャに根本的な改善が必要であったりする場合など、ある程度の時間を確保して計画的にリファクタリングに取り組むこともあります。これはプロダクトバックログに明確な「リファクタリング」の項目として追加し、スプリント計画の中でチームの合意を得て実施します。

リファクタリングを安全に進めるためのプラクティス

リファクタリングは、コードの振る舞いを変えずに内部構造だけを改善する行為ですが、それでも変更にはリスクが伴います。特にアジャイルでは短いサイクルで開発が進むため、誤ったリファクタリングがバグを引き起こし、開発を滞らせることは避けなければなりません。安全にリファクタリングを進めるためには、以下のプラクティスが役立ちます。

リファクタリングが進まない場合の課題と解決策

アジャイル開発を導入しても、現場でリファクタリングがなかなか実践されない、という課題に直面することもあります。これにはいくつかの要因が考えられます。

スモールスタートでリファクタリングを試す

アジャイル開発自体をスモールスタートで導入するように、リファクタリングの実践も小さな一歩から始めることができます。

事例に学ぶ:継続的リファクタリングがもたらす変化

あるWebアプリケーション開発チームは、当初、保守が困難になりつつあるレガシーな認証モジュールに課題を抱えていました。新しい認証方法を追加するたびに多大な工数とリスクが発生し、開発のボトルネックとなっていました。

このチームはアジャイル開発の導入を機に、認証モジュールに対する継続的なリファクタリングを計画しました。まず、既存の振る舞いを保証するための自動テストを徹底的に整備しました。次に、スプリントごとに認証モジュール内の特定のクラスやメソッドを対象に、少しずつ内部構造の改善を進めました。例えば、複雑な条件分岐を戦略パターンに置き換えたり、依存関係を整理したりといった作業です。

結果として、数スプリント後には認証モジュールは以前に比べてはるかに理解しやすく、変更しやすいコードベースに変わりました。これにより、以前は数日かかっていた新しい認証方式の追加が、半日程度で完了できるようになりました。さらに、テストカバレッジが高まったことで、変更に伴うバグの発生も激減しました。

この事例は、継続的なリファクタリングが単にコードをきれいにするだけでなく、具体的な開発速度の向上やリスク低減に繋がり、プロダクトの進化を力強く後押しすることを示しています。

まとめ:プロダクトイノベーションのための継続的な取り組み

アジャイル開発における継続的なリファクタリングは、単なる技術的な作業に留まらず、プロダクトの長期的な健全性を保ち、変化に強く、イノベーションを持続させるための重要な戦略です。ウォーターフォール開発の経験があるエンジニアの方々にとっては、開発プロセスの中に日常的なリファクタリングを組み込むことに慣れるまで時間がかかるかもしれません。

しかし、日々の開発の中で少しずつコードを改善していく意識を持ち、自動テストで安全性を確保しながら、チーム全体でリファクタリングの価値を共有し実践していくことで、必ずコードベースは良い方向に変化していきます。それは、将来の自分たち自身の開発を楽にするだけでなく、プロダクトが市場の変化に素早く、柔軟に対応できるようになることを意味します。

まずは今日のコードに触れる際に、ほんの少しでも良いので、コードをきれいにする一歩を踏み出してみませんか。その小さな一歩の積み重ねが、プロダクトイノベーションを加速する大きな力となるはずです。